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春にして君を想う ・ トオルa.k.a.スケル

What a nice day for a picnic

What a nice day to be happy like a honeybee!

『ピクニックには早すぎる/フリッパーズ・ギター』

 

「『march to the beat of a different drum』に原稿執筆をお願いできませんか? テーマは『ピクニックには早すぎる?」です」と、まだ実際にはお会いしたことのない高田博之さんからツイッターのメッセージがきたのは昨年の12月30日だった。それから三ヶ月の間、フリッパーズ・ギターの「ピクニックには早すぎる」を思い出しては、「ピクニックには早すぎるのか、早すぎないのか」と自問自答を繰り返していた。

 

思えば二年前の2月末辺りから私たち夫婦の会話は「ピクニックには早すぎるのか、早すぎないのか」の繰り返しだった。週末が近づくと妻が「日曜はどこかお出かけする?」と訊き、私が「遠出はまだ無理そうだから近場かなぁ」と答え、妻が「プン!」と拗ねる。そんな会話をするたびに萩尾望都の初期の短編『金曜の夜の集会』を思い出していた。アメリカのある田舎町に住む主人公の少年は8月の最後の週末の金曜の夜にすい星が来ると楽しみにしていたが、先生も両親も夜は外に出るのはダメだと急に言い出す。実はこの町はその日に消滅してしまうのだが、主人公の姉の力を借りて一年前に戻ることができるのだ。記憶もなくなり、また新たな気持ちで一年を過すことができるが同じような日々を繰り返すことになる。憧れの女の子と約束した翌週のデートも、将来の夢の天文学者になる日も来ないとわかった主人公はある行動にでる……。

昨年、私はフリッパーズ・ギターの「ヘッド博士の世界塔」のリリース30周年記念として『FOREVER DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER』というファンジンを自主発行した。「30周年なのに再発もされず、サブスクリプションでもシングル曲しか配信されないのならせめてファンジンを作れないかと思った」とファンジンの「編集後記」では書いたが、本音を言えば「どこかに行くのも誰かに会うのも難しいのならファンジンでも作るか。ツイッターのフォロワーさんたちも時間を持て余しているみたいだし」という遊びの気落ちもあった。実際、ファンジンの制作中に直接会ったのはデザイナーとショップ販売特典バッジ制作に協力してくれた人だけで、他の編集協力者・原稿執筆者・取材協力者の誰一人にも会わずにツイッターのチャットのやり取りだけで完成させることができた。十数年前に編集者をやっていた頃に電話とメールだけで原稿のやり取りをしたことはあったが、インタビューや座談会まで直接会わずに携帯電話でできる時代が来るとは思わなかった。しかもファンジン制作に協力してくれた19人中、昔からの友人・知人は4人、他の15人はツイッターの相互フォローの人たちでこのうち実際に会ったことがあるのは12人、中には私が住んでいる東京から遠く離れた離島の方もいた。

 

結局ファンジン発行後は編集部で座談会と打ち上げを行っただけで、他の協力者の皆さんには見本誌を送ることしかできなかった。ファンジン発行記念イベントをやりたかったがそれもかなわず、販売に協力してくれたショップの訪問も一店舗しかできなかった。1700部以上と予想をはるかに上回る販売数だったわりには、発売直後に起きた小山田圭吾さんの出来事もあってかSNSでの感想も思ったほどではなかった。SNSの発達のおかげで時間や場所にとらわれずできたファンジンではあったが、どこか手ごたえがなく空虚感もあったというのは正直な気持ちではある。

 

こう考えてしまうのは、ファンジン発行のそもそもの動機が30年前にフリッパーズ・ギターのミニコミ『FAKE』を作った友人の七回忌に捧げるためだったからだというのもある。彼女と一緒にミニコミを作った私の30年来の友人とのファンジンの対談で、最後にフリッパーズ・ギターではなくスチャダラパーの歌詞を引用した。

 

「あぁ あいつも来てればなぁ」って

本当にぼくも同感だよ

それだけが残念でしょうがないよ

『彼方からの手紙/スチャダラパー』

私にとって春の訪れは彼女の命日3月30日が近いことを意味するものでもある。偶然にも彼女の遺稿となってしまった『デイリーポータルZ』の3月23日の記事のタイトルは、『春をさがしに』だった。彼女が亡くなった2015年以来、3月30日が来るたびに私はその原稿と彼女が小沢健二の曲の中でいちばん好きだった『春にして君を思う』をツイートしている。その一方で私は自分に都合よく松本隆の言葉を言い聞かせている。

 

多くの親しい友が向こう岸に旅立った。

だが生き残った僕たちのレースはまだ続く。

ステージに姿が見えないからといって、決して不在ではない。

そこに吹く風こそ、失くした笑顔であり、風街に吹く風なんだ。

『風街レジェンド2015パンフレット』

 

近所の神宮の河津桜が咲いた。季節は確実に巡り、私たちはまた一つ歳をとる。春は別れの季節でもあり出会いの季節でもある。高田さんとは私が作ったファンジンの感想をツイートしてくれたきっかけで相互フォローになり、このフリーペーパーへの参加に誘われた。次はまだ面識のない高田さんと直接お会いし、ピクニックに行く日が必ず来ると勝手ながら妄想している。その時こそは二人で高らかに歌いたいと思う。What a nice day to be happy like a honeybee!と。

 

『FOREVER DOCTOOR HEAD’S WORLD TOWER』

トオルa.k.a.スケル

51歳 東京サザエさんの街在住

趣味:記憶の記録

座右の銘:それでも僕らは生きていく

2022年4月発行『march to the beat of a different drum vol.5 2022』より転載

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