top of page
検索
  • 執筆者の写真differentdrumrecords

the beefields 『最も純度の高い八野英史』



今年の夏は「暑い夏」になるそうだ。


そもそも夏なので冷夏になるよりは良い。けれど暑すぎるのも辛い。ただ、山だ海だプールだバーベキューだと、夏を満喫するならやはり暑いに越したことはない。インドア・アウトドア、どちらに自分が属するのかで意見の分かれるところではあるが、僕はやはり「暑い夏」が好きである。外に出るも良し、部屋に籠るも良し。山に登って気持ち良い風を感じること、海で泳いでひと夏の経験に汗を流すこと、大人げなくプールではしゃいで我を忘れたりすること、河原でバーベキューしたら後始末はキチンとしようね。エアコンの効いた部屋で温かいお茶を飲みながら、アーバンなサウンドに耳を傾ける。冷えすぎて寒くなって、窓を開けたら温かい風が流れ込んできて、遠くから聞こえる花火や遠雷の音に、季節を感じる。夏のイメージはひとそれぞれではあるけれど、どれもが全て価値のある、夏・イン・ザ・サマー。


そんな「暑い夏」前夜祭に届けられたひとつの作品がある。b-flower八野英史によるソロユニット「the beeflieds」ミニアルバム「It's Only Guita'R' Pop」がそれだ。発売形態はCDとカセット(ダウンロードコード付き)現段階では配信は行っていない。プライベートスタジオでの録音(宅録)、ミックスからパッケージデザイン、梱包から販売に至るまで(CD盤カセット印刷全般の制作は専門業者に依頼)怒涛のDIY精神を忠実に再現し制作された作品である。


サイトに記載された一文に「1980年代後半を舞台にした青春ジャングリー・ギターポップ」とある。そう、これがまさにその全てを物語っているのだ。本来これはさほど驚くほどの事案ではない。問題はその「中身」。アルバムタイトル通り、キャッチーなメロディラインを軸にしたポップチューンを満載した内容なのだが、それに乗る「歌詞」がとにかくエグい。


タイトル曲「It's Only Guita'R' Pop」は言わば「とにかくもう大好きなんだよ!」をこれでもかと表現したギターポップ賛歌。いろんなジャンルを比較対象としながら、それでもギターポップが最高だと宣言する歌である。そこまでディスらなくてもいいのではと思わせながらも、自らの意志を貫こうとする姿勢。これこそが八野英史の神髄と言える愛情表現である。趣味性、アクの強さを全面に押し出しながらも、どこまでもポップでキャッチーなメロディライン。どこか聴き憶えのあるギターリフ。サラリとやっているようで実は緻密に計算されたアレンジ。そして独特の「毒」を含んだ歌詞。鉄壁であり完璧である。


そして本作における最も重要な作品は「1986」「GIGにおいでよ」「ヒバリが鳴いている」にて展開される「beenglish」と呼ばれる「言語」を用いたものである。「beenglish」とは造語であり、歌詞が出来る前の仮歌状態の時、メロディのみを追う為に擬態語を用いながら、英語風に発音した集まりのことを言う。デモテープ作成時にはよく用いられる手法で、以前から八野英史はこのやり方でデモ音源を作っていたのだが、ついに一線を超え、公式の作品として世に示した。元々、独特の歌詞構成を多様する八野英史ではあるが「意味が無さそうで実はある」「ダブルミーニング、トリプルミーニング」を追求するやり方から「意味がないことに意味がある」「イメージを無限に広めることのみを追求」する作品を「公式」リリースした。しかも擬態語を元とする言葉を「beenglish」と命名し、ひとつの「言語」としてしまったのだ。さらに驚くべきは、この意味のない言葉の集合体に「対訳」を付けて「言語」の解釈を行ってみせた。つまりこれは、意味を成さないはずの言葉に、実は意味があったということを「対訳」を付けることで解消してみせたのだ。(そしてまたこの「対訳」が実に「対訳らしい対訳」である。洋楽の歌詞カードに載っている風の「対訳」から連想されるのは、古き良き80年代のそれであるかもという所に気がついた時、そもそもこの作品群は「80年代後半を舞台」としたものであるという前振りに辿り着く)。八野英史は確信犯であることをこの作品で高らかに歌い上げた。これこそが最強の八野英史、最強のthe beefields、その真骨頂。


2020年に発表済みの2曲(うち1曲はリマスターされて再収録)と、八野英史青春期の象徴ともいうべきレコードショップ「ジャンゴ」にまつわる、とある日常の一コマを切り取ったかの様な終曲「ジャンゴへ行こう」で静かに物語は終わる。


全7曲。結論として八野英史は、優れたソングライターである以前に、純粋に優れたリスナーであることを自らの作品を持って証明してみせた。同時にバンド(b-flower)では表現しきれない「熱さ」を、独特のユーモアを含みながら昇華してみせたのだ。ポップミュージックは、理念と感覚、感性と長年培った努力で、こんな風に作れるんだよって、おそらく八野英史は笑いながら言うだろう。けれどそれは、簡単に到達できる次元のものではない。純度を上げれば上げるほど、研ぎ澄まされた感性で、見たことも聴いたこともないものをみせてくれる八野英史。還暦を過ぎた現在、その才能は、全く衰えを知らない。


2023年の夏、果てしなく続く夏空の下、どんなに暑くなろうとも、この1枚があれば乗り切れる、そんな気がした。


閲覧数:111回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page