Break On Through (to the Other Side)

(b-flower 新曲『Alright Alright』発売に寄せて)
北の大地での記憶
「来年は卒業だし、今のうちに行こうぜ」
大学時代の友人とそんな会話をした後、僕らは北海道行きの計画を立てた。親の脛をかじるなら今しかない。そういう発想が当然僕らの中には暗黙のうちにあった。それでも建前上はバイトしたお金で卒業旅行って触れ込みなわけで、わずかな資金を手に持って1ヶ月近く放浪しようってものだから、若さってとてつもなく偉大ではあるのだが。
今しか出来ないことをやってやろう、なんて大それた気負いはなかった。単にその時に興味のあるものに夢中になり、迷わず突き進んでいただけだ。今日と明日のことしか考えず、そこに行くことが全てだったあの頃。これこそが「若気の至り」だったのかもしれない。結局は誰かの手のひらの上で、出来る範囲の火遊びをしていただけだとしても。
上野発の夜行列車に乗る。一番安い方法で行くので、もちろん寝台ではない。リクライニングもしない座席にほぼ直立のまま腰掛けて青森まで。まさにあの歌に歌われた世界そのもの。9時間ほどの列車旅、僕らは疲れ果てて青森駅に辿り着く。それでも気持ちだけは清々しいままで、ここまできた!これから船に乗って北の大地に行く、その期待だけが胸にあった。
この年、青函連絡船はラストイヤーを迎えていた。その数ヶ月前に乗船できたのはとてもラッキーだった。4時間ほどの船旅。甲板に出て冷たい風に吹かれてみる。下北半島と津軽半島の雪景色。遠くまできたなあと改めて実感。ゆらり揺られて海峡を越え、船酔いもそこそこに、うっすらと陸地が見えてきたらもうそこは、はるばる来たぜ函館!さかまく波を乗り越えて!否が応でもその歌詞が出てくる情景と、どこからか湧き出てくる不思議な高揚感。まさにこれこそが旅の醍醐味である。
北海道での1ヶ月はあっという間だった。
函館に拠点を置き、あちこち歩き回る。泊まったところが格安に宿を提供してくれるところだったのでそんなことが可能だったのだろう。寝泊まりだけで風呂なし食事なし。時々宿主の気分が乗ればホットケーキのようなパンを焼いてくれる。それ以外は自分たちで調達しなければならない。お風呂は近くの銭湯へ。冬の北海道、風呂に入らないと耐えられない。数日函館で過ごした後、宿主の知り合いの車に便乗して札幌へ向かう。泊まるのはその知人宅。夜に着いてそのまま夕飯を頂く。その夜はカレーだった。「バター入れるか?」と勧められ、試してみる。カレーにバター、濃厚なカレーにさらにコクを上乗せした味わいが新鮮だった。味噌ラーメンにバターを入れる発想と同じか、これぞ北海道、大地の味とでもいうものか。
帰る数日前、雪中バーベキューパーティに便乗させてもらった。これだけ雪が多い寒くて仕方がないだろうと思っていたけれど、割とそうでもなくて、防寒対策さえしっかりやっていればむしろ暖かいって思ってしまう。北関東の北風が寒いのは、風にさらされているだけでなく、そもそもあったかい着衣を身につけていなければ当然寒いわけで、そう考えても北の若者たちの行動は全て理に叶っていたのだった。雪の中でバーベキュー、泊まるのは避難小屋のような、暖房設備もない木造の小屋。寒くないようにってありったけの掛け布団を大量に掛けられ、これじゃ重くて寝れないよって思ってしまうくらいの重みに耐えながら「凍えるよりいいでしょ」って納得させられ、北の大地での夜は更けていった。
函館に戻り、ようやく帰路に着く準備をする。市内の大型商業施設でお土産を調達、いろいろ物色していく中、店の片隅にカセットテープが販売しているのに気が付く。
「おっ、ドアーズ。これ聴いた事ないやつだ」
輸入盤カセット、アルバム「STRANGE DAYS」と「L.A. WOMAN」のカップリング。これが公式仕様のものだったかは定かではない。40年前はどんな方法でも聴ければいい。聴くことにとにかく貪欲だった頃。そして見た時が買う時。出会いはいつでも偶然の風の中。予算の余裕があれば即買い!ってことで函館でドアーズのカセット買った。
今となってはもうどこかにいってしまったそのカセット。それでもあの函館で過ごした日々、そこでの思わぬ出会い、聴くことに貪欲だった時代、いつしか僕の中でドアーズは北海道の記憶とリンクしてくる。真っ白な雪に埋もれた函館、寒くて暖まりにいった温泉(その帰りにはすぐ冷めてしまうけど)、薪ストーブの匂い、幾つもの出会い、あれから40年、ずっと遠くまで来てしまったけれど、「L.A. WOMAN」のゴツゴツとした躍動感は今でも脳裏に、鮮明に焼き付いている。

2026年10月。b-flowerの新曲が届く。
タイトルは「Alright Alright」。確か2023年京都メトロでのライブでも披露されていた曲。あの頃はまだ歌詞が完成していなかったのか、Beenglish(八野語)で歌っていたような。これは推測なのだが、八野さんの歌唱法はこのBeenglishで歌うことが基本となっており、そこに完成した歌詞がのったところでその質感は然程変わらない。意味から解放されたその声は、メロディの粒子そのものとなって僕らの耳に飛び込んでくる。そこから始まる作り方であるが故に(意味を持たない言語として)言葉を音楽と同化させ易くしているのだ。かつて友人のMKが「俺全部ビートルズ歌えますよ。歌詞とか知らなくてもね」って言ってたのと近い感じ。そうなんだよ、音楽ってそういうもの!
そして改めて歌詞を追いながら聴いていくと新たな発見が随所に散りばめられている。「聴いたまま」のものと「意味を持つ言葉」が繋がっていくことで、鮮度抜群、絶妙に絡み合う。つまり八野さんがBeenglish(八野語)で歌うのは「歌詞が完成していない」からではなく、「ここを起点とする創作の一貫」なのだと思う。そしてこれを経由するからこそうまれる曲であって、b-flowerサウンドなのだ。
そして「Break on Through 向こうへ」の一節。八野さんドアーズ好きですね、わかってましたけど(「太陽を待ちながら」が収録されたのが「Waiting for the Sun」ではなく「Morrison Hotel」だったとかそういうのも込みで)。うねるような独特な歌唱法。声の持つ存在感を極限にまで高める芸術的とも言えるその技術。「再始動」後のb-flowerはその存在価値がこれでもかと言えるほど高みを極めている。2026年11月には久しぶりのライブが大阪で催される。僕も北関東から向かうつもりなので、いろいろ今から楽しみで仕方ない。
ドアーズとb-flower。点と点が交わる時、僕らは壁を乗り越えられる。40年前の僕は無我夢中で北を目指した。海峡という壁を超えて、見たこともない空気を、景色を、そしてそこでしか得ることのできなかった体験を身体に取り込むことで、少しだけ大人になれたような気がした。長い冬眠期を越え、根雪をくぐった芽吹きって最強だ。まさにその言葉が胸に突き刺さる。大人になんかなりたくないって思った瞬間、僕らはもう幼年期を超えて、新たな高みをめざしているのだ。壁は否定するものではなく、越えるためにあるのだ。
b-flowerの作品は、いつも最新作が最高作だ。常にアップブレードされていく。この感覚が衰えない限り、バンドはまだまだ転がっていくだろう。
b-flower最新シングル「Alright Alright」は各配信サービスにて視聴可能。
詳しくはこちら。



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