そして僕は再び中倉山に行く


今年は年初めから足利百名山制覇を目標として毎週のようにヤマカツをしていた。近場の低山とはいえ(年初めの段階で)残り50座ほど登って攻略していくのは、それなりに計画をたてて望まなければならない。何もそんなに急いでやらなくてもいいのでは?と思ってしまうが、熱中するとこうなってしまうのは、もはやこれは僕の特性なのだろう、と思う。
なんとか足百を攻略したのが4月初め。100座で終わらそうと思っていたのに140座まで伸ばしてしまったのは、これもまた僕のマニア心をくすぐられてしまった結果なのだろう。元来マニアとは程遠い位置にいると思っていたのに、こういう時だけ心の奥底から登場してくる。やれやれだ。

ともかく目標は達成した。そうなると次は何をやろうかと考えてしまう。気楽に、好きなように、と考えることができない。何かを目指していないと干からびてしまうと思ってしまう。できることをできる範囲で無理なく、とか、絶対無理。
ヤマカツばかりのなかで足百行脚をおこなっている時、もうひとつやってみたいことがあった。それは残雪期の中倉稜線を歩くというもの。あそこなら僕の手持ち装備でも大丈夫かなと思っていたので考えていたのだが、足百攻略を優先としてしまったので後回しになってしまった。ようやく中倉山に行ったのが5月のGW。山はまだ冬枯れから少しだけ芽吹いた程度だったがすでに残雪はなかった。まあ仕方ない。これはまた来季までの持ち越しとしよう。
その流れのなかでもうひとつの目標「オロ山」まで行く、というのがあるのを思い出した。中倉山から沢入山を経て、同じ稜線上にあるオロ山まで行こうという計画だ。5月の段階で、特に問題なく沢入山までのピストンは可能と思えた。昨年悩まされた膝痛も出てこない。これなら次はオロ山まで行ける、そう思った。

問題はいつ行くかだ。中倉の急登を雨後に登りたくない。なので梅雨時は避けたい。かと行って真夏の登山は体力的に厳しい。消去法から考えても6、7月の天候具合を考慮しながらの日程が望ましい。他の予定も考慮しつついくつか日程を考えてみた。結局、雨で行けない週末もあったので決行は6月末の日曜日とした。今の所そこなら天候の問題はない。本来なら前日土曜日が望ましいのだが、仕事の予定もあったので日曜日。オロ山までのコースタイムを考えると、できるだけ早い出発としたい。自宅から駐車場となる銅親水公園まで車で2時間半。人気の山なので朝5時には満車となる可能性があるのでその前に到着したい。となると夜中出発となるのだが、着いてすぐ活動ってのも体力消耗に繋がるので、これも避けたい。となると前日現地入りで車中泊したのちに活動開始。もうこれしかない。決まった。これで行こう。
2025年5月28日。19時にうちを出る。こんな時間から足尾を目指すなんて、それだけでワクワクしてくる。最近は滅多に車で遠出しないので2時間半は過酷って思ってしまうのだが、今日は全くそう思わない。楽しさが全てを上回ってくる。ここまで色々と準備してきた。多分大丈夫だ。目標達成できる。頑張ろう。
予定通り、駐車場となる銅親水公園に着いたのが21時過ぎ。車があまり走っていなかったので思ったより早く着いた。けれどここまで、知った道ではあるけれど夜走ったことがない道だったので割と体力消耗した感がある。真っ暗な国道122号を登るのは集中力を維持していなければならず、思った以上に疲れた。まあでもここまでは想定内。すでに車が何台か停まっている。ここに駐車するのはほぼ登山者なので皆同じことを考えてのことだろう。銅親水公園の駐車場、真夜中のそこは思った以上に真っ暗で街灯ひとつない暗闇の世界。普段の生活のなかで、ここまで真っ暗な世界に身を置くことなどあるはずもない。そういえばここに来るまで鹿の群れを何度もみた。そうなんだ、ここは山奥の、人の手が届かないところなんだ。僕らはそういうところにお邪魔させてもらっているのだ。謙虚な気持ちに胸に秘め、今日は神聖なる山の神々に抱かれながら、早めに休む。
車中泊とはいっても自分の軽自動車。そんな装備は何ひとつない。即席なので寝袋程度。山の中とは言っても窓を閉めると少し暑いので、寝袋に入るほどでもない。フラットにならないシートで寝るのは想像以上に大変でちっとも休まらない。そうだよな、こういうことなんだよな、まあでも仕方ない。これも想定内として早く寝よ、と思ってもなかなか寝付けない。普段なら横になればすぐ寝てしまう僕が寝付くまで2時間以上かかった。それでもぐっすり眠れず何度も目が覚めた。結局、ちゃんと寝たのかどうかもわからないまま出発予定時間の4時になった。
山間の朝4時はまだ薄暗い。夜中にさらに車の数が増えていた。おそらく寝れたのはトータル2時間くらい。完全なる寝不足。まあでも外に出ればなんとかなると思い、予定通り出発する準備を進める。

外に出ると思った以上に寝不足感はない。むしろ清々しい山々の透明な空気に心奪われ、心はすでにあの稜線上にあるような気がしてくる。いつもどおり下道を1時間弱歩く。これがなければもう少し楽になるのにといつも思うのだが、これがあるのが中倉山周回コース。

今年3月に増えすぎた鹿の駆除がこの山で行われた。林道の脇にその死骸と思われる骨が散乱している。誰がが片付けるとかしないのだろう。元々こうした動物たちの山であるのに「増えすぎた」という理由で処分されてしまうのは、複雑な気持ちになってしまう。ここへ来る道中で何度も野生の鹿を目撃した。ああいう姿をみてしまうとなんとか共存できないものかと思ってしまうのだが、僕はここに住んでいるわけではないので、ここの住人達と同じように考えることが出来ないのも現実として存在する。結局すべては綺麗事だけで片付けられない残酷さだけ際立つ現実なのだろうと思ったりする。
中倉山周辺の稜線の美しさも裏腹だ。かつてこの地に存在した足尾銅山から立ち上る煙が煙害となり、周辺の山々の木々を枯らせ消滅させてしまった。故に「木々のない」荒れた山となってしまい、その姿が逆に美しい稜線を生み出すという、皮肉な結果となった。稜線の象徴とされる「孤高のブナ」もたまたまそこにあって、たまたま難を逃れただけだ。本来ならそこには無数のブナの木があったはずだ。人間たちの繁栄から生まれる不条理ともいえるこの情景に、諸手をあげて称賛することはできない。けれど、そこから学ぶことは多数ある。だから僕らは忘れてはいけないのだ。いつか存在した悲劇を再びおこさないために。

1時間程歩いてようやく「中倉山登山口」に到着する。さてここからがようやく本番だ。ここの登りは急登で有名な登山道。道こそ踏み硬められているものの、何度来ても大変である。そういうことを知ってても「何度も来てしまう」のは、その先にあるものが特別だからだ。

5月GWに来たときはようやく芽吹いた程度だった木々も、6月末となればすっかり出揃い、さながら初夏の雰囲気である。めぐる季節のなかで山に夏がやってくるのは、実感として生きることを力強く感じることができる。近所の低山ならただ暑いだけの山も、ここの森のなかはひんやりとしている。高度の高さは伊達じゃない。

ゆっくり登ることに重点をおきながらようやく急登が終わり、視界のひらけたところに出た。目の前には「男体山」手前に「社山」。どちらも栃木の名峰だ。とくに男体山の圧倒的存在感は写真ではほとんど伝わらないくらい、威圧感そのもの。いつか登ってみたいと思いながらその姿をみてしまうと本当に登れるのだろうかと思ってしまうのだが。

先程の男体山眺望スポットから程なくして中倉山山頂に着く。今年2度目、トータルで4度目の中倉山山頂。看板も風で倒れたりと、いつ来ても掲示されている場所と立ち方が違う。そういうものだと思えば特に問題ない。そしてここに来たことが、本当のスタート。

先程書いた「煙害」による木々の消滅が招いた悲劇とは裏腹の、美しさをこれでもかと封じ込め、凛とした透明感すら感じる稜線美は、なかなか存在するものではない。この山を訪れる人のほとんどがこの稜線を歩きたいと思ってここを訪れる。そしてほとんどのひとがどうしてこうなったのかを理解して、いろんな想いを胸に秘める。中倉山から先にみえる沢入山の、痛々しいほどに削られた山肌に尋常ではない現実を突きつけられる。

その稜線上に1本立つブナの木。煙害からほとんどの木々が消滅したなか、一本だけ奇跡的に残ったとされるブナの木を、いつしか人は「孤高のブナ」と呼ぶようになった。いわばこの美しき稜線を象徴する存在。ひとの犯した取り返しのつかない罪を語り継ぐために、現在はきちんと管理され保護されたものとなっている。まっすぐに立ち、その葉は神々しいまであおく、力強くその地に根差している。けれどそういったものを簡単に壊してしまったのも人間の仕業であるなら、僕らはここからなにを学べばいいのか、自らの心に問いかけて欲しいと思う。故に「孤高」のブナ。決してそれは「孤独」ではないし、そうならないために、心に刻み込んでほしい。

先に進む。中倉山、孤高のブナを経由して次なる目的地は沢入山。その少し手前にこの稜線の名物と言われるひとつのモニュメントがある。

「波平ピーク」。そう、あの誰もがしってるあの「波平」のあれだ。こんなのどんな意味あるんだよって言われても仕方ないかもだけど、こういうのって大事だよね。なにせグーグルmapにも載ってる「波平ピーク」だから。いま供えられてる木は割と最近アップデートされたものなのかな。もうすこしくにゃっとしてる形状の方が「波平」っぽいかと思うけど。まあでもそんなこんなも含めてここが「波平ピーク」ってことに変わりはない。山名板のようなプレートも以前あったのだが今はない。風で飛ばされたか。

「波平ピーク」から沢入山山頂に向かう途中、登山道に一頭の鹿がいるのをみた。身体が小さかったので小鹿なのだろう。近寄っても動こうとしない。こちらから熊鈴を鳴らして存在をアピールしたらようやく頭を上げた。それでもその場を動かなかったので仕方なく僕の方が違うルートを通ることにした。こんなところにいるなんてどうしたのだろう。脇を通りながらずっと僕のほうを見ていた。驚いた感じをみせない。それとも動けないのか。どうすることもできない僕はそっとその場をあとにした。帰りに同じところを通ったとき、すでにその姿はなかった。何かがあったのかどうなのかわからないけど、無事であって欲しいと思った。

ようやく沢入山山頂に辿り着く。古いものから新しいものまで、山名板がいくつもある。こういう遊び心って楽しい。今回の沢入山はこれが見たくて来たようなもの。もっとも、その先に本当の目的地はあるけれど。

沢入山まできてようやく今回の目的がはじまる、はずだった。けれど、今回はここまで。いろいろ考えて前日入り、車中泊して臨んだものの、暑さと疲労が心と身体を蝕んできている。帰れなくなるまえに帰ったほうがいい。序盤の中倉急登を登っているとき、すでに今回は駄目だろうなって思っていた。急登を抜け、稜線に辿り着いたとき、少し心が晴れて、いけるかもしれないって思ったけど、まあいろいろ無理難題、ここでリタイヤ。山はそういう考えでいいんだ。沢入山の少し先までいって、オロ山に手が届きそうなところまで行ってみる。その向こうには皇海山もある。オロ山北の大地も行ってみたかったなあ。いつも手に入りそうで入らない。手を伸ばせはすぐそこにあるのに。でも仕方ない。ここまでが今の僕に出来ることなんだ。また来ればいいや。次こそはもう少し先まで行こう。そしてようやくそれが手に入るなら、喜びも倍増するはず。そう考えたら、元気なうちに来た道を引き返そうって。じゃあ、またな、オロ山。

撤退を決めての帰り道。目標達成できず行けなかったのは残念だけど、またくればいいやって思ったら気が楽になってくる。山では絶対に無理をしてはいけない。出来そうでも出来なかったらということを優先する。帰り道少しあるいて水分補給しようと思ったとき、あったはずのペットボトルがすでに空になっていることに気がついた。オロ山撤退するときにはまったく気がつかずに。あの時撤退していなかったら水分がまだあると思っていたので、どうなっていたのだろうと思うと、撤退して良かったなと安堵の気持ちに包まれた。用意周到で臨んだわりには結局準備不足だったのかもしれない。そしたらまた出直してくるしかない。まだまだ未熟だな。

帰りにブナの木に挨拶。またくるよ。なんども。欲しかったものが手に入れられるときまで、何度も繰り返せばいい。濃いみどりの葉がぼくに「またこいよ」って言っている気がした。さて帰ろう!

さて次はいつ来ようか。前に考えていたように残雪期にくるのもいい。夏はちょっとやめとこう。そういや秋に来たことないな。自分のペースを考えたらやっぱり春がいいかな。いろんなことを考えてみる。何度きても新鮮な気持ちになる。出来ないことが少しずつ出来るようになることが嬉しいし、逆に未熟で出来ないことがまだ沢山あるってことに気づくこともある。群馬に生まれて、いまは栃木に住んでて、利根川より渡良瀬川のほうが親近感あるのは、栃木に住む前からずっと思っていること。その渡良瀬川の源流が皇海山であるなら、いつかそこにも行ってみたい。そんな簡単に行けるところじゃないけれど。でもそう思ってみるのは悪い事じゃないよね。帰りに越える橋の下を流れる松木川。ここからずっと流れて渡良瀬川となっていく。こんなにも綺麗なんだ。

この夏のアドベンチャー計画その1はあえなく撤退という事態で終了。まあでもこれでまたここに来るきっかけは出来た。そういうことを繰り返すのは悪い事じゃないと思うので、元気に帰ろうと思います。明日からまた仕事なんだけど多分脚痛いんだろうなあ。
じゃあまた。中倉山。



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